んー十年の前の初めてのお使い(米国出張) 3

スタッフの生田です。

さて、第3回目。この回が最終回です。

ロスからサンノゼまで ロスに着き、そのままバス(上司の計らいで様々経験できるようにと、バスでの移動もあった)で、オレンジ郡へ。チケットを買い、乗車乗り場を確認、ドライバーにも確認。徐徐に慣れてきている自分が嬉しくなってきています。このあたりで、米国への思いが一変してきていました。それまでは、日本は既に米国を抜いているといった驕りがあったことを否めませんでした。地価で上回ったこと、米国製品を輸入してやっている(取引先も買ってやっている。一定割合を購入する義務のような空気もありました)などと本当に傲慢っだ気がします。ところが、米国に着いて、さまざまな量(航空機の便数、バス便数、勿論食事も)、大きさ(国土は勿論)といったいわば度量の大きさに圧倒されたり、空港等でトイレットペーパーは勿論、お湯やハンドソープ、更にはペーパータオルも設置されていることに感心したものです。当時まだ日本ではトイレットペーパーは売られていたのですよ。そして、本当に皆さん、親切だったんです。バスドライバーの方は楽しそうに仕事していらしたし。。 まあ、何はともあれ、ロスからオレンジ郡にあった取引先に寄って、ジョンウェイン空港へ。そこからサンノゼに向かいました。サンノゼ空港からはタクシーです。こちらは、チップを計算して渡さなければいけません。不思議(ごめんなさい)なことに、米国人は場所ごとに異なるチップのレートを暗算してチップを渡せるんですね。10%という切りのいい数字ならいざしらず。

サンノゼにて ここでは取引先訪問し、そこには日本人がいたので、余り記憶がないのですが、そろそろ帰国が近づき、最後のドキドキのreconfirm というのを行わなければなりません。これは、”1”でもお話しましたが、当時の航空会社は定員上回る予約受け付けるのです。航空会社に電話して番号を発行して貰うのです。その番号をチェックイン時伝えないと搭乗できないこともあるのです。出発の時もなんだかんだで乗れたじゃん!と少しは思ったものの、さすがに当時はそんな度胸はなく、言われた通り、電話を。。このような番号を確認する時には4がないことを結構祈ったものです。理由は復唱する時に聞き取ってくれないことがあったためです。reconfirm も終わり、お土産買わなければ!現地の人に連れられていったのが、コストコのような店(名称は忘れてしまいましたが、航空機の格納庫のような巨大な施設)へ。勿論、今ではコストコのようなお店も身近にありますが、当時はその大きさ、量や安い価格に圧倒されるばかり。まさにGreat America !!! でした。

サンノゼからポートランド経由帰国へ サンノゼから国内線でポートランドへ。ポートランドは米国で住みたい街ランク上位に入る街のひとつでとっても綺麗です。 もう米国に慣れた気がなっていたのに、coffee は頼んでも、cokeがでてくる始末。CAの人と乗客との会話で、どこに行くのですか?シアターです。うーん、シアターってどこ??th と s も聞き分けられなかったんですね。。やれやれ。勿論、おわかりの通り、Seattle のことですね。

帰国後、英語の猛勉強はいわずもがなです。

ここまで。全3回お読み下さりありがとうございます。

【米国出張編】

次回は香港、マカオ出張のお話しをしたいと思います。

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