んー十年の前の初めてのお使い(米国出張) 1

スタッフの生田です。

日本全てを売ったら米国を買えるといわれた時代に初めて米国出張に行った時のことを3回に分けてお話したいと思います。

(但し、記憶を元にしているので、不確かな部分もあること予めご了承下さい。)

当時は商社に勤めており、上司から研修を兼ねた米国出張を命じられました。

それまで、僕は海外に行ったこともなく、上司としては、初めてのお使いの親的な思いもあったのではないかと。。

国内含む行程は、横浜で成田エクスプレスに乗り、成田~ロスアンジェルス 1泊~ラスベガス 3泊~サンノゼ3泊~ポートランド経由~成田でした。

当時は、定員以上の予約を受け付けるため、早め(上司からは3時間前に)チェックインするように言われ、横浜駅に成田エクスプレス発車の30分前には着き、(既に)緊張しながら待っていました。

そして、いよいよ入線のアナウンス。どきどきしながら待っている僕の前を勢いよく、成田エクスプレスの2両編成。ん??と思う間もなく、ホーム前方へ停車。今みたいに親切な表示もなく、しかもたった2両。横浜駅は15両編成が停まれる作りになっていますので、仙台駅の新幹線ホーム後方で大きな荷物を待っているところへ、一番前に2両編成の新幹線が停まったことを想像してみて下さい。

はい、当然間に合うはずもなく、無情にも発車してしまい、呆然。。。出発当日は土曜日。今みたいにネットはおろか携帯があるわけでもなく、公衆電話使って航空会社に電話したものの土日は休業。上司に相談しようと思ったものの遅れないように念押しされたにも関わらず、この有様。自宅に帰って布団被って寝てしまおうと本気で思ったものでした。でも、気を取り直し、それから後に来た成田空港行きの普通電車に乗車。2時間以上乗るのですが、気が気でもなく、立ったままだった記憶があります。成田空港に到着し急ぎカウンターへ。。すると何てことはなく、呆気なくチェックイン、更には希望した席にも座れる始末。現実逃避しようとした自分が情けなく、次いで上司への愚痴を思ったものでした。初めての海外線の機内の記憶はなく、最初の目的地のLAへいざ。 次回のブログへ続く。

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